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執筆者 :
クエストリー編集部
カンヌとアヌシーで見た「日本アニメと世界マネーの現在地
カンヌで『HIDARI』の主人公・左甚五郎の木彫りの人形を持って。(左)川村真司監督、(右)クエストリー伊部。
2026年5月と6月、私(代表・伊部)はフランスに二度渡りました。
5月はカンヌ国際映画祭に併設される世界最大級の映画見本市「マルシェ・ドゥ・フィルム」へ。6月は世界最高峰のアニメーション映画祭である「アヌシー国際アニメーション映画祭」と、その併設マーケット「MIFA」へ。
カンヌとアヌシーを訪問して、私は同じことを繰り返し感じました。
「世界は日本のエンタメを求めている。しかしその商談の場に、投資家として参加する日本人の姿がほとんどない」
本記事は、エンタメファイナンスに携わる一人として、世界の映画ビジネスの現場で何を見て、何を考えたかのレポートになります。
「キアヌ・リーブス」の名がカンヌの会場を沸かせた
5月17日午前10時、カンヌ――。
映画館のような会場に、各国の配給会社、プロデューサー、エージェント、投資家など120〜130人ほどの聴衆が集まっていました。
この日行われたのは「アヌシー・アニメーションショーケース」。アヌシー映画祭の目利きが世界中から選び抜いた5つの長編アニメーション企画が並び、それぞれのつくり手がマルシェ・ドゥ・フィルムの舞台でピッチ(企画を売り込むプレゼン)を行う、年に一度のセッションです。
そのトリを飾ったのが、私たちクエストリーがファイナンス面で伴走するストップモーション時代劇『HIDARI』でした。伝説の彫刻職人・左甚五郎のストーリーを、彼自身が彫ったかのような木彫りの人形で描く作品です。5分半のパイロットフィルムは、公開されるや世界中で反響を呼び、YouTubeでの再生回数は約530万回(2026年9月時点)に達しています。
壇上に立ったのは、原案・脚本・監督の川村真司さんと、プロデューサーの松本紀子さん。ピッチはフランス語を混ぜながら盛り上げつつ、基本すべて英語で進みました。
そしてその終盤、スクリーンに一本の映像が流れます。画面に現れたのは、キアヌ・リーブス。「長編版で主人公・左甚五郎の声を演じる」という世界に向けたサプライズ発表に、会場が大きくどよめきました。この発表は、今回のカンヌで最も世界のメディアに取り上げられた日本発のニュースのひとつになりました。
その瞬間、私は客席でカメラを回していました。壇上のピッチの中で「クエストリーというパートナーを得て、資金調達が動き出した」と紹介されたときの気持ちは、正直うまく言葉にできません。金融の人間が「作品をつくる仲間の一人」として、世界中の映画人が並ぶ客席に向けて名前を呼ばれる。私たちが目指してきたのは、こういう瞬間だったのだと思いました。
【カンヌ】世界の資金が動く現場へ
カンヌ国際映画祭というとレッドカーペットを思い浮かべる方が多いと思いますが、その裏側では、「マルシェ・ドゥ・フィルム」という巨大な見本市が同時に動いています。世界中のバイヤーと売り手が集まり、完成した映画の各国配給権から、まだ企画段階の作品への出資まで、あらゆる取引が交わされます。
今年のマルシェで、日本は「Country of Honour(招待国)」に選ばれました。インド、スペイン、スイス、ブラジルに続く5カ国目です。日本からの参加者は前年比で約40%増、会場では日本関連の発表やイベントが連日相次ぎました。
その中にあって、キアヌ・リーブスのニュースは突き抜けて世界に届きました。数ある日本発の話題の中から『HIDARI』が抜けたという事実は、この作品の持つ力を改めて証明したと思います。
滞在中の私のスケジュールは、朝から晩までミーティングで埋まりました。提携協議を進めている韓国のファンド、米国の配給事業者、フランスの配給事業者。日本にいたら一度もそろわない顔ぶれと、数日のうちに次々と会うことができました。
意外に思われるかもしれませんが、ピッチが終わったその場で「いくら出資する」という具体的な金額の話が始まるわけではありません。今回、声をかけてくれた方々が口にしたのは、「すばらしかった。続きはアヌシーで話そう!」という言葉でした。5月のカンヌで種を蒔き、6月のアヌシーで育てる。少なくとも今回の私たちにとって、この2つの場は明確にセットで機能していました。
もうひとつ、おもしろい発見がありました。日本にいるとなかなかお会いする機会のない日本の映画・映像業界の要人の方々と、カンヌでは自然に席を共にできるのです。遠くまで足を運んでいる者同士だからでしょうか。東京で何度会うよりも早く距離が縮まったように思います。
メールや資料のやりとりだけでこの輪の中に入っていくのは、容易ではありません。現地に足を運んで初めて動き出した話を、私は今回いくつも持ち帰ることができました。

カンヌの会場。地中海に面したテントの一つひとつで、朝から晩まで商談やピッチが続く。
『HIDARI』と歩んだ1年半
ここで、私たちと『HIDARI』の話を少しさせてください。
出会いは2025年1月ごろ、クリエイターエージェンシー・コルクの佐渡島庸平さんの紹介でした。木彫りの人形によるストップモーション時代劇という前例のない企画で、自主制作されたパイロットフィルムは、すでに世界20以上の映画祭で受賞していました。しかし、原作を持たないオリジナル企画であるがゆえに、日本の伝統的な製作委員会方式には馴染みにくく、資金調達は簡単ではありませんでした。
ただじつはその頃、ハリウッドの大手スタジオから制作費の全額を出すというオファーが届いていました。しかし全額出資を受ければ、作品の著作権は先方に渡ってしまいます。制作チームはこれを受けませんでした。「この作品の権利は、自分たちの手元に残したい」。そうした相談を受けて、私たちはこう答えました。「では、制作費の半分は私たちが集めましょう」。こうして『HIDARI』は、クエストリーが自ら資金調達をコミットした最初の作品になりました。
そこから「私たちが半分を出す場合、どのような出資の条件を引き出せるか」という、スタジオ側との条件交渉が始まりました。ところがその最中、ハリウッドを襲った不況の波で先方の担当がチームごと解散してしまいます。詰めていた協議は、そのまま宙に浮きました。海外との共同事業では、こうした「相手先の担当者がいなくなる」ことが起こり得るのです。
結果として、私たちはもう一度新たにピッチを始めることとなりました。カンヌ選出は、その仕切り直しの舞台でもあったのです。だからこそ、あの日の会場のどよめきは、私にとっても特別な意味を持っていました。
全額出資という誰もがほしがる「正解」を蹴ってでも、権利を自分たちに残す道を選ぶつくり手がいる——。この1年半で私たちが学んだのは、応援すべきプロジェクトかどうかは、企画のおもしろさや数字だけでは測れないということでした。
つくり手が何を守ろうとしているのか。そこを見極めることが、私たちの仕事の起点になったと思っています。
【アヌシー】世界のアニメーションが集まる街へ
6月下旬、2回目の渡仏。アヌシーは、スイス国境に近い湖畔の小さな街です。
アヌシー国際アニメーション映画祭は今年で50回目を迎え、併設のマーケットであるMIFAには世界中のスタジオ、配信プラットフォーム、放送局、投資家が集まります。
カンヌとアヌシーでは、集まる人がまるで異なります。
カンヌは伝統的な映画産業の世界——港にヨットが並び、タキシードを着たハリウッドの俳優やプロデューサーたちが行き交う場所です。一方のアヌシーは、世界中のアニメーションのつくり手と、アニメーションを心から愛する人々の祭典です。作品への熱量は圧倒的ですが、そこに金融の人間はほとんどいません。だからこそ、私たちがいる意味があると思っています。
現地で印象に残っている光景があります。ストップモーションの制作関係者たちが集まる、小さな夜の集いに参加させてもらったときのこと。『HIDARI』を制作するチームが甚五郎の人形を連れてきていて、各国のアニメーターたちが代わる代わる人形を手に取り、木彫りの質感を確かめ、写真を撮っていました。国籍も言語も違う人たちが、一体の人形を囲んで盛り上がっている。『HIDARI』はすでに「カンヌで話題をさらった作品」として、この世界の共通言語になっていました。
ビジネスの面でも収穫がありました。現地で対話を重ねて実感したのは、アジアをはじめ海外のバイヤーや投資家が探しているのは、キャラクターの立った日本発の「オリジナルIP」だということです。有名原作の映像化は強力ですが、原作サイドとの契約構造上、海外展開に対して制約がかかることが少なくありません。だからこそ「次のおもしろいオリジナル」への需要はひじょうに強い。日本のつくり手にとって、これは大きなチャンスだと感じました。
一方で、耳の痛い話もしなければなりません。会場での日本勢の売り込みは、総じて控えめでした。隣で韓国やその他アジア勢が貪欲に商談をしている姿と比べると、日本のブースは静かで、奥ゆかしい。作品の力は世界最高水準なのに、売る力で損をしていると感じました。
私たちは、これを「日本人の気質」の話で終わらせてはいけないと思っています。韓国やその他アジア勢の背中を押しているのは、毎年この場に足を運ぶ自国の投資家の存在です。売り込みの熱量の差は、気質や性格の問題ではなく、ビジネスを最大化させる強い動機を持ったプレイヤーがいるかどうかの差なのではないか。そう考えると、正しい形で産業に貢献できていない責任が金融の側にもあるのではないか。これは自戒を込めた、日本のコンテンツ産業全体への提言です。

アヌシーの野外パーティ会場。天井から吊るされたキャラクターたちの下で、世界中のアニメーション関係者が入り混じる。
1年前に問われたことへの答えを持って
今回のアヌシー訪問には、もうひとつの目的がありました。『オッドタクシー』で知られる映像制作会社P.I.C.S.さんと共同開発している新プロジェクト『プリンセスぞのふ』の商談です。
『プリンセスぞのふ』は、風のない静かな王国からやってきた型破りな姫・ぞのふが、日本の日常(コンビニ、カップラーメン、安売りのジャージ)にいちいち心を打たれてしまうカルチャーショック・コメディ。企画原作・キャラクターデザイン・監督は、任天堂でアートディレクターを務め、マリオやゼルダのシリーズに携わってきたYKBXさんです。
じつはこの企画、昨年のMIFAでもコンセプトを披露していました。ただ、現地の反応は上々だったものの、商談の場で返ってきたのは、決まってこの2つの問いでした。
「パイロットフィルムはあるのか?」
「資金はいくら集まっているのか?」
そこで今年、私たちはその両方への答えを携えて戻りました。クエストリーにとって初となるパイロットフィルム投資としてパイロット制作を支援し、あわせて制作費の約半分にあたるファイナンスをコミットしています。MIFAの場では、限定公開の短編エピソードも披露しました。
従来、アニメのパイロットフィルムは、企画成立前に制作会社が自己資金とリスクでつくるものでした。事業化に至らなければ、その負担は制作会社が丸ごと抱え込む。私たちが挑んでいるのは、この構造ごと変えることです。
企画は「おもしろい」だけでは商談のテーブルに乗りません。「いくら集まっているのか」に答えられて初めて話が前に進む。私たちの役割はそこにあると思っています。

日本の投資家は、まだ世界の輪の中にいない
最後に、今回の二度の渡仏(カンヌ、アヌシー)で最も強く感じたことをお伝えします。
先ほど、「日本勢の売り込みが控えめだった」と書きました。韓国のファンドは、投資家として毎年当たり前のようにカンヌとアヌシーの現場にいます。一方で、日本の投資家はほとんどいませんでした。日本は世界で愛されるコンテンツを数多く生み出しているのにもかかわらず、です。この非対称を埋めることが、クエストリーの役割だと改めて確信しました。
今後、関わる作品がさらに増えていけば、MIFAのような世界のマーケットにおいて、自社のブースを構えたいと考えています。私たちが支える日本の作品がそこに並び、世界のバイヤーが足を運ぶ。日本の作品が世界へ売られていく場そのものを、私たち自身がつくる。それが目標です。
「金融の力で、日本のエンタメコンテンツを世界一に」という私たちのミッションは、東京の会議室の中だけでは実現できません。「作品が生まれる現場と、資金が動く現場」の両方に立ち続けることでしか、たどり着けないのだと感じました。
来年も、カンヌとアヌシーに行きたいと思います。日本の作品に、世界中から資金が集まる日まで。