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執筆者 :
クエストリー編集部
広島で見た「アニメーションの原点」と、それを支えるお金について
2026年8月19日から23日まで、広島市で「ひろしまアニメーションシーズン2026(以下、ひろしま)」が開催されました。私たちクエストリーは、この映画祭に特別協賛として参加しています。
先日訪問したカンヌとアヌシーの映画祭は、ひとことで言うなら「作品が売買される場所」でした。一方で今回のひろしまはマーケット機能を持たず、どちらかというとアートよりの作品が上映され、ビジネスマンというよりも、クリエイターがたくさん参加する、そんな場所です。
なぜ、私たちファイナンスの会社がそのような国内の映画祭に協賛しているのか。
その理由と、現地で感じたことを、私(代表・伊部)がレポートとしてお伝えします。
日本で唯一アカデミー賞公認のアニメーション映画祭
ひろしまアニメーションシーズンは、アニメーション映画祭としては日本で唯一、米国アカデミー賞の公認を受けています。短編コンペティションでグランプリを受賞した作品は、アカデミー賞短編アニメーション部門へのノミネート資格が与えられます。
源流は1985年。被爆40周年の記念事業のひとつとして「広島国際アニメーションフェスティバル」が創設され、アニメーション作家の木下蓮三・小夜子夫妻が立ち上げに尽力しました。開催は隔年で、テーマは「愛と平和」です。
第1回のグランプリは、手塚治虫さんの『おんぼろフィルム』。その後もフレデリック・バックさんの『木を植えた男』や、山村浩二さんの『頭山』が受賞しています。運営への評価も高く、アヌシー(フランス)、ザグレブ(クロアチア)、オタワ(カナダ)と並ぶ、世界四大アニメーション映画祭のひとつと称されるようになりました。
2020年に一度幕を閉じるのですが、2022年、新千歳空港国際アニメーション映画祭のディレクターをしていた土居伸彰さん(ニューディアー代表)をプロデューサーに据える新たな体制で、「ひろしまアニメーションシーズン」として再出発します。今年(2026年)は3回目の開催です。アーティスティック・ディレクターは、先ほど挙げた山村浩二さんが務めています。
再出発してからの規模も相当なものです。今年のコンペティションには110の国・地域から過去最多となる3,181作品の応募があり、入選したのは短編71本、長編5本の計76作品でした。
短編コンペティションのグランプリに輝いたのは、ナタリア・ミルゾヤン監督のアルメニア・エストニア合作『三月の冬』。弾圧的な国家から逃れようとする若いカップルを描いた、ストップモーション作品です。
これだけの規模と歴史を持ちながら、日本国内での認知は決して高くありません。世界のつくり手にとって「ひろしまで選ばれること」が名誉である一方、その事実は日本ではあまり知られていないのが現状です。

短編コンペティションのグランプリに選ばれた『三月の冬』。弾圧的な国家を前に抗う術もなく、ある若いカップルが家を後にするが、その逃避行はやがて「不条理な悪夢」へと変貌していく。
協賛はアヌシーでの出会いから始まった
今回、クエストリーは特別協賛として、この映画祭で唯一の協賛企業として名を連ねています。運営側に伺ったところ、広島市外の企業からこうした形で協賛を受けるのは(少なくとも今の体制になってからは)初めての試みとのことでした。
協賛のきっかけは、6月のアヌシーを訪れたときのこと。現地で土居さんをご紹介いただき、初対面ながら意気投合したのです
私が最近ずっと考えていたのは、「日本のアニメーションがこれから発展していくためには、オリジナル作品がもっと生み出されなくてはならない、そしてそれをつくりたいと思う人がもっと増えなくてはならない」ということでした。一方の土居さんは、「アート寄りの色合いが強いひろしまに、もう少し商業的な目線を持ち込んで盛り上げていきたい」と考えていらっしゃいました。向かっている方向は違うようでいて、問題意識は重なっている。お互いにそう思ったのです。
そしてもうひとつ、協賛を決めてから気づいたことがありました。
海外の関係者と話していると、クエストリーという会社をどう説明するかはいつも難しい問題です。「エンタメに特化したファイナンスをやっている」と言っても、日本にはそういう会社がほとんどないので、いったい何をしている会社なのかと受け止められることが少なくありません。ところが「今年のひろしまアニメーションシーズンで唯一の協賛企業です」と伝えると、それはすごいことだ、と反応が返ってきました。
世界のアニメーションに関わる人たちの間で、ひろしまがどれだけ認知されているか。
それを実感する出来事でした。

ひろしまアニメーションシーズンの会場。エントランスには今年のメインビジュアルが掲げられていた。
製作委員会の「次」をみんなが探している
協賛といっても資金を出すだけではありません。今回は登壇の機会もいただきました。
ひとつは「EU-JAPANアニメーション・ビジネスワークショップ 2026」。欧州各国と日本のプロデューサーが、「どうすれば日欧で国際共同製作を進められるのか」を、制度やルールの違いを含めて5時間かけて議論するセッションです。日本側からは『HIDARI』プロデューサーの松本紀子さんをはじめとする方々が参加し、私もプロデューサー枠として加えていただきました。
もうひとつが、クエストリーのスポンサーセッションです。
ここで私が最初に話したのは、製作委員会の歴史でした。いまの業界の人にとっては当たり前の仕組みですが、そもそも製作委員会は約30年前に生まれた新しい発明で、便利だったからこそ、これほど多くの人が使うようになったわけです。では、何が便利で、いまの時代には何が不便なのか。まずそこを整理したうえで、それを乗り越えるための新しい取り組みとして、『HIDARI』や『プリンセスぞのふ』の実例をお話ししました。後半は松本紀子さん、P.I.C.S.土井さんにも加わっていただき、それぞれのプロジェクトで具体的に何を一緒にやっているのかを語っていただきました。
印象に残っているのは、聴衆の顔ぶれです。
セッションの会場はいずれも最大100人弱という規模で、決して大きいとは言えません。しかし、最前列でメモを取っていたのは大手映画配給会社のプロデューサーでした。会場には省庁の担当者や、民放局、アニメーション制作会社の関係者も来ていました。かなりコアな内容にもかかわらず、映画・アニメビジネスの第一線にいる人たちが集まってくださっていたのです。
日本の参加者からの関心は、やはり資金調達に集まります。作品をつくるうえでお金の問題は常につきまとうため、何かヒントはないかと考えている方が多かったように感じます。
一方で、海外から来た人たちの関心は少し違いました。「日本と一緒に何かをやりたい。けれども製作委員会という仕組みがよくわからない」という方がとても多いのです。だから今回は、そこを丁寧に説明することを心がけました。
セッションのあと、その場ですぐに具体的な出資の話が始まるわけではないのは、カンヌやアヌシーと同じです。ただ、そこで会った方とは「また会いましょう」という流れになります。実際、今回のひろしまをきっかけに、別の映画祭のセッションにも登壇のお声がけをいただきました。製作委員会に代わる新しい仕組みというテーマが、いま多くの方の関心事になっているのだと思います。

クエストリー伊部の講演。テーマは「アーティストの可能性を拡張するコンテンツ・ファンドの試み」
日本の「アニメ」と世界の「アニメーション」は違う
現地で最も考えさせられたのは「そもそもアニメーションとは何なのか」という問いでした。
私たち日本人が「アニメ」と聞いて思い浮かべるのは、テレビや映画館で観る2Dの商業アニメーションだと思います。しかし、この映画祭に世界中から応募してくるつくり手たちにとって、アニメーションはもっと広いのです。「動いていればアニメーションである」というくらいの幅があり、実にさまざまな手法の作品が集まっていました。
とりわけ象徴的だったのが、ストップモーション(コマ撮り)の位置づけです。
日本国内で「アニメ」というとき、そこにストップモーションはまず含まれません。人形を動かす手法と2Dアニメーションは、まったく別のものとして扱われています。ところが世界の映画祭では、両者は同列に語られます。アニメーションという大きな枠のなかに、当然のようにストップモーションが入っている。その地位は日本で一般に思われているよりもずっと高いのです。今回のグランプリがストップモーション作品だったことも、たまたまではあるのでしょうが、そのことを裏づけているように思いました。
もっとも、実際に上映を観ての正直な感想を言えば、ビジネス目線だけで見たときに、私には理解が及ばない作品もありました。商業的にどう成立させるのかが、すぐには思い浮かびませんでした。
けれども、それらの作品を観ながら考えていたのは別のことでした。
これほど多種多様な才能が、それぞれの好きなものを自由に表現できている。そのこと自体が、とても平和なことなのではないか。平和が前提になければ、こういう場所は成り立たないはずだ。
今回の映画祭でこうした作品に触れたことで、平和というものの大切さをあらためて感じたように思います。

アカデミー賞候補作を手がけたプロデューサー、ドラシュコ・イヴェジッチ氏。ワークショップにて。
「文化を支えるお金」は誰が出すべきなのか
もうひとつ、現地で過ごすなかで強く考えさせられたことがあります。
映画祭を運営するには当然、お金がかかります。そしていま、地域とコンテンツを結びつけたこうした取り組みは全国各地で行われていますが、共通しているのは「どこも運営が楽ではない」ということです。
ひろしまも2020年に、一度は開催が途絶えています。その理由がすべて資金の問題だったとは言えませんが、こうした場が続かなくなる背景にお金の問題があることは少なくないはずです。
ただ世界に目を向けると、事情は大きく異なります。カンヌのような映画祭であれば、銀行をはじめとする金融機関が支えています。そこに名を連ねること自体がステータスになっているわけです。それにヨーロッパでは、政府による文化支援の役割も大きい。
対して日本はどうでしょうか。近年、コンテンツ産業に対する国の予算は大きく増えました。政府としてこの領域に資金を出していきたいという方針は明確だと思います。
ただ、その資金が結果としてどこへ流れていくのかは、常に問われるべきテーマです。過去の実績を基準に配分すれば、すでに実績のある大きなところがより強くなります。かといって支援を頼りにしすぎれば、補助金ありきで企画を考える体質になってしまいます。
そこで私がいつも立ち返るのは、「なぜ製作委員会があれほど広まったのか」という問いです。答えはシンプルで、みんなが使いやすかったからだと思います。会社の大小を問わず、便利で、次もこれでやろうと思える。それだけの理由で、ひとつの仕組みが業界の標準になったのではないでしょうか。
だとすれば、補助金であれ民間の金融であれ、新しい仕組みが根づくかどうかを決めるのも同じ基準のはずです。多くの人がアクセスできると思えるかどうか、使いたいと思えるかどうか。大小を問わず、必要な人が必要なときに使える。私たちがつくりたいのはそういう選択肢です。
公的な支援と民間の金融は、本来は互いを補い合える関係にあると考えています。私たちはまだこれからの会社ですが、実績を重ねていくことで、補助金では届かないところを民間の金融が補完する。そういう形をつくっていきたいと思います。
映画祭の運営も同じです。資金をどう集め、誰からいくら集め、その利益をどうするのか。それを専門にやりたいわけではありませんが、そこで踏ん張っている人たちの味方でありたいと思っています。

毎晩会場で行われていたゲストパーティの様子。
ひろしま発のオリジナル作品が生まれる日まで
今回の受賞作品の選考に、私たちは関与していません。審査は5名の国際審査員によって行われ、日本からはスタジオ4℃の田中栄子さんが加わっていました。私たちの役割は、あくまでその場を支えることです。
そのうえで、この場所に可能性を感じているのも事実です。世界中から才能が集まり、プロデューサーとクリエイターが出会う。そこで何か一緒にやりましょうという話になったとき、その最初のお金を私たちが組む。パイロットフィルムをつくる資金を工面する。そのためのプランを一緒に考える。そういう流れや新しい選択肢ができたら、とても美しいと思うのです。
実際、この映画祭は芸術性の高い作品を選ぶコンペティションとは別に、今回新設されたHAMコンペティションというかたちで、ビジネスとしての可能性を持つ作品を選ぶ軸もつくろうとしています。そうした試みが形になっていけば、たとえば「優秀な作品にクエストリーがパイロットフィルムの制作費を出す」といった連携も考えられる。ひろしまから生まれたオリジナル作品が世界に出ていく。そんな未来があればいいなと思っています。
ただ同時に、難しさも感じてはいます。すでにアートとしての位置づけが確立している映画祭に、ビジネスをどこまで持ち込むべきなのか。「商業的になりすぎた」と言われてしまうのは、この映画祭にとって良いことではありません。バランスをどうとるかは、今回行ってみて初めて実感した課題でした。
ひろしま以外の国内アニメーション映画祭の責任者の方ともお会いし、何か一緒にやりましょうという話になりました。近年は新千歳だけでなく、愛知・名古屋や新潟でも、同じような映画祭が生まれています。それぞれが独立して頑張っている状態を、資金の面から一貫して支えられる体制をつくれたら――。それがいま、私が考えていることです。
優秀なつくり手とつながること。そしてその方々に頼ってもらえる存在であること。それがクエストリーにとって何より大切なことだと、あらためて感じました。
次は釜山、その次は東京国際映画祭です。引き続き現場からご報告します。