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2026/8/7

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    執筆者 : 

    クエストリー編集部

    【対談】エンタメ×金融の新たな座組み「株式会社HIDARI」の挑戦|松本紀子 × クエストリー伊部智信

    日本のエンターテインメント産業に特化し、新たなファイナンスのエコシステムを通じて作品を世界へ押し上げる金融スタートアップ、クエストリー。

    同社が現在、従来の「製作委員会方式」に代わる新たな資金調達スキームで伴走しているのが、ストップモーション時代劇『HIDARI』だ。数多くの作品と逸話が残る、実在不明の伝説的彫刻職人「左甚五郎」の物語を、彼の作品と同じ木彫人形を使って描くこの作品は、パイロット版が世界中で約530万回再生を記録(2026年9月時点)。カンヌ国際映画祭のアニメーション・ショウケースへの選出やキアヌ・リーブスの主演声優決定など、世界中から注目を集めている。

    ハリウッド大手からの全額出資オファーをあえて見送り、自分たちの手で作品の権利を守る道を選んだ『HIDARI』チーム。彼らが世界市場で主導権を握るために、クエストリーはいかなる座組みを構築し、サポートしているのか。

    本記事では、『HIDARI』プロデューサーの松本紀子氏をお招きし、クエストリー代表・伊部智信との対談をお届けする。クリエイターの権利を守るための専用法人「株式会社HIDARI」設立、海外での交渉、さらには両者が見据える「エンタメ×金融」の未来像に至るまで、新たな仕組みの構築に向けた挑戦の裏側を語り合った。

    規格外のスケールに共鳴した出会い

    ーーまずはお二人の出会いのきっかけと、当時のそれぞれの状況や抱えていた課題について教えてください。 

    伊部:2025年1月頃、共通の知人からプロジェクトをご紹介いただき、松本さんたち『HIDARI』チームにお会いしたのが最初です。

    ちょうどその頃、私はみずほ証券さんと組んで、従来の製作委員会方式をベースにした国内では約20年ぶりとなるエンタメファンドを企画していました。そんななかで松本さんたちからお話を伺ってみると、私たちが想定していた枠組みに全く当てはまらなかったんです。

    日本のエンタメ業界では「まずは国内で実績を作ってから、海外へ売りに出る」というルートが定型化されています。その点、『HIDARI』は、最初から世界市場を見据えている。

    業界の人に相談すると「予算が大きすぎる」「それは難しいのではないか」と警戒されるようなスケールでしたが、私は逆に「こういう突き抜けたプロジェクトがもっと出てこないとダメだ」と強く惹かれたんです。

    ーー松本さんは、伊部さんとの出会いの時点ですでに『HIDARI』のパイロット版を制作し、世界的な反響を呼んでいるタイミングでしたよね。

    松本:はい。「木彫りの人形で、コマ撮りの時代劇をやる」と言っても、企画書だけで説明しても「なんて地味で実現が難しそうな企画を持ってきたんだ」と思われてしまい、資金は集まりません。非常に限られた人にしか刺さらないものに見えてしまいます。

    一方で、監督の川村真司さんは、この作品をエンターテインメントとして成立することを前提に考えていました。だからその魅力を出資者や観客に一目瞭然で伝えるために、本編と同等かそれ以上のクオリティの「パイロットフィルム」を先行してつくるしかないと思ったんです。

    ーーパイロット版の制作資金はどのように調達したのでしょうか?

    松本:川村さんの会社「Whatever Co.」、木彫り人形を手がける「TECARAT」、そして私が所属していた「ドワーフ」。本来なら競合にもなり得る3社が、自腹でまとまった資金を出し合いました。

    制作の途中でクラウドファンディングも実施して、多くの方からご支援をいただきましたが、それでも制作費の全額を賄えるわけではありません。ただ、クラファンのおかげでプロモーションができたり、ウェブサイトを立ち上げたりと、かなり助けになりましたね。そうして少しずつ結果が見え始め、自分たちが「何者でもないわけではなくなったタイミング」で、伊部さんとお会いすることができたんです。

    ハリウッド大手の全額出資を見送った理由

    ーーパイロット版の反響を受け、ハリウッドの大手スタジオから制作費を「全額出資」のオファーもあったそうですね。

    松本:「制作費を全部出すから一緒にやろう」と言ってもらえるなんて、プロデューサーとしては純粋に嬉しかったですし、自分たちのオリジナル企画がそこまで評価されたことは、これ以上ない名誉だと感激しました。ただ結果として、そのオファーは見送ることになったんです。

    ーーなぜでしょうか?

    松本:全額出資を受けることへの、シビアな現実が見えてきたためです。100%の資金を出してもらうということは、作品の著作権やプロモーションの主導権を、すべて相手方に渡す契約になります。「ファイナルカット権(最終編集権)」も相手が所有するため、最悪の場合、先方の意向でメインスタッフが変更される可能性すらありました。

    伊部:一般的には、ハリウッドからの全額出資オファーと聞けば、誰もが飛びつく大チャンスです。でも、松本さんを始めHIDARIチームはそこで立ち止まった。「このまま契約を結ぶのは、クリエイターの権利を守る上で不都合がある」と判断し、あえて押し返し(条件交渉)をしようとする姿勢に驚かされました。

    ーー大手を相手に交渉をするのは、相当な勇気がいりそうです。

    松本:ただ「嫌だ」と拒絶するのではなく、「私たちはこれだけのことができるから、この権利は残してほしい」と対等に渡り合う材料があれば、交渉の余地はあると考えました。

    じつは過去に、外資系の巨大動画配信サービスとタフな契約交渉を行った経験があったんです。弁護士から「交渉決裂になるかもしれない」と言われるほど激しいやりとりでしたが、国際的なビジネスの場であっても、いえ、あるからこそ、自分たちの要求は遠慮せずに伝えるべきだと学びましたね。

    ーーその経験が今回も活きたわけですね。その後、交渉の行方は?

    松本:弁護士を交えてじっくりと条件交渉を続けていたのですが、その最中に相手方の企業で大規模な買収劇が起こり、私たちが交渉していたアニメーション部門のチーム自体が解散してしまったんです。そのため、オファー自体が完全に白紙になってしまいました。

    残念ではありましたが、まだ契約前だったこともあり、「海外と交渉する良いシミュレーションができたな」とチーム全員でポジティブに捉え直しました。 

    伊部:そして、この「オファー白紙化」が私たちクエストリーにとっても大きな転機になりました。権利を日本側に残しつつ世界で勝負する方法を議論する中で、私から「制作費の半分は私たちクエストリーが中心になって集めるので、独自の座組みでトライしませんか?」とご提案したんです。ここから、新しいファイナンスモデルでの伴走が本格的にスタートしました。

    専用法人「株式会社HIDARI」の設立

    ーーハリウッド大手からのオファーが白紙となり、自分たちで資金を集めて権利を守る道を歩み始めたお二人。その後はどのように資金調達や体制づくりを進めていったのでしょうか?

    伊部:私たちが直面したのが、日本の映像業界におけるファイナンスの構造的な課題でした。日本で映画やアニメを作る際、現在主流となっているのは「製作委員会方式」です。

    これは1990年代に生まれたスキームで、複数の企業がリスクを分散して出資し合う仕組みとしては非常に優れています。しかし、いざ『HIDARI』のように最初から海外市場を狙い、グローバルなプラットフォームや海外の事業者と渡り合おうとすると、大きなボトルネックが生じるんです。

    ーーボトルネック、と言うと?

    伊部:投資で回収するというよりは、各社が自社の事業領域で稼ぐ目的で出資されることが多いため、特に海外が絡む場合、利益相反等も起きやすく、プロジェクト全体の最適化が簡単ではないのです。何かひとつ重要な意思決定をするのにも「いったん自社に持ち帰って確認します」のワンクッションが発生し、スピード感が致命的に遅くなってしまうこともある。

    松本:製作委員会に参加する各企業は「自社がどう儲かるか」のシミュレーションはできても、作品全体の利益を最大化するためのシミュレーションを描ける人が少ないのが現状です。

    ただ、海外のプラットフォームやハリウッドのスタジオとのタフな交渉の場においては、その場で即決して責任を持てる強力なリーダーシップと、スピードが不可欠です。持ち帰って検討している間に、チャンスは逃げてしまいますから。

     ーー世界と戦うには、従来の方式では意思決定のスピードや責任の所在という面で太刀打ちできないと。『HIDARI』ではその課題をどのように突破したのでしょうか?

    松本:アメリカの映画ビジネスなどでよく用いられる「SPC(特別目的会社)」のスキームを導入することにしました。具体的には、このプロジェクトのためだけに、専用の法人である「株式会社HIDARI」を新たに設立することにしたんです。

    ーーひとつの作品のために、会社を立ち上げるということですか?

    松本:はい。作品の著作権や収支の管理を、完全に「株式会社HIDARI」という法人に集中させようとしています。すでに専用の名刺も作り、コピーライトの表記もすべて「HIDARI」で統一しています。

    これによって「誰が意思決定権を持っているのか」が明確になり、圧倒的にスピーディに動ける体制が整いました。自分たちの作品のコントロール権を、自分たちの手にするための決断です。

    ーー日本のエンタメ業界においては、かつてない挑戦ですね。ただ、クリエイター側から「作品専用の法人をつくります」と提案した場合、出資者側から警戒されることはないのでしょうか?

    伊部:おっしゃるとおりです。つくり手側が独自の法人設立を言い出すと、投資家は「クリエイター側にだけ都合の良い、何か裏の狙いがあるんじゃないか」とどうしても警戒してしまいます。だからこそ私たちクエストリーのような、客観的な第三者である「金融のプロ」が間に入る意義があるんです。

    クリエイターの熱量だけに頼るのではなく、私たちが「世界で勝つために、投資家にとっても制作チームにとっても、作品全体の利益を最大化できる最適解である座ぐみを採用することが、合理的な判断である」とロジカルに証明します。

    新しいスキームをつくる際、クリエイター側からの提案だけではなかなか壁を越えられません。金融機関としての私たちが入り、客観的な目線で強力に後押しすることで、この「株式会社HIDARI」という新しい座組みがスムーズに成立し、投資家にも安心して参画していただけると考えました。

    自分の言葉で戦う、海外市場での交渉術

    ーー『HIDARI』はパイロット版の公開時から海外からの反響が非常に大きいですが、やはり当初からグローバル市場を見据えていたのでしょうか?

    松本:そもそもストップモーション(コマ撮り)は、気の遠くなるような時間と多大なコストがかかります。そのため、日本国内の市場だけでは制作費を回収することが極めて困難であり、生き残るためにも最初からグローバル市場を目指すのは必然でした。

    ドワーフを立ち上げ、オリジナルIPである『こまねこ』、そしてNHKとの共同著作で展開している「どーもくん」などで海外展開とその拡大を模索し始めた20年ほど前は、一方で世界的にCG全盛の時代でした。当時、イギリスなどの海外のストップモーションスタジオとも交流を始めていたのですが、そんな彼らから「ストップモーション業界は今まさに斜陽産業と呼ばれ、どの企業も同じ悩みを抱えている。だからこそ、イケてるやつをできるだけ押し上げて業界を盛り上げていかないとダメだ。ドワーフ頑張れ!」と言ってもらったりして、業界全体で応援し合うようなリスペクトの風潮があったんです。

    手づくりのコマ撮りが世界で戦える強力な武器になると確信できたのは、そうした温かい、でも国際的に本当にボーダーレスなコミュニティの存在があったからこそですね。

    ーー松本さんは英語も堪能ですが、世界市場でチャンスをつかむために、現場ではどのような動きを意識されてきたのでしょうか?

    松本:もともとペラペラだったわけではなく、海外展開が始まってから「自分の言葉で喋れないとまずい」と、現場で必死に英語を勉強しました。

    世界中のクリエイターや投資家が集まる、アヌシー国際アニメーション映画祭などの国際見本市に定点観測で足を運び、直接つながり続けること。そして何より重要なのは、通訳を介さず、つたない英語であっても自分の言葉で海外のプロデューサーと直接コミュニケーションをとることです。

    外資系プラットフォームとの契約交渉などを経て痛感したのは、自分たちの要求や作品にかける想いは、自分の声で直接伝えないと絶対に相手に響かないということ。コミュニティの奥深くへ自分自身で飛び込んでいく覚悟が不可欠だと考えています。

    フェアに分配する、エンタメ×金融の未来

    ーーこれまでの製作委員会方式とは異なる新しい座組みや、海外市場への挑戦を続けていますが、お二人はこれからの「エンタメ×金融」のあり方について、どのような未来を描いているのでしょうか?

    伊部:資本主義の歴史について考える中で、私たちがやっていることはまさに「ポスト資本主義」的なアプローチなのだと実感しています。

    これまでの金融やビジネスでは、資本家がリスクをとって利益を独占し、労働者はその枠内で分配されるという構造が主流でした。これからのエンタメにおける金融は、そこから脱却するべきであると私は考えています。

    たとえば、企画の予測が完全にできないような新しい挑戦において、特定の資本家だけが得をするのではなく、草の根的に世界へ広がった際には、リスクをとった関係者全員で莫大な富を「フェアに分配する」。そんな次世代のモデルを構築できないかと考えています。

    松本:まさにそのとおりで、何よりも「フェアであること」が一番大切だと思います。自分だけが得をしようと考え出すと、大きなものをつくろうとしたときに歪みが生じてしまう。全員が「面白いものを作る」という目的に向かってフェアにリスクをとり、正しいと思うことを忖度なくぶつけ合える関係性こそ大切です。

    『HIDARI』のチームには、いい大人がちゃんとリスクを背負いながら、本音で議論して後腐れなく進んでいける健全な空気感がありますよね。

    伊部:日本の投資や企画会議では、過去の類似実績が重視されがちですが、本当に世界で爆発的なヒットを生み出すのは「過去に見たことがないもの」だと思うんです。とはいえ、過去データに頼らない新しいイノベーションは、既存の数字やエクセルシートのロジックだけでは評価しにくい。

    だからこそ、私たちが向き合うべきなのは、予測不能な中でも自分の足で立ち、新しい道を切り拓くために「漕ぎ続けている人たち」です。そういうイノベーターを見極め、新しいファイナンスの仕組みで支えていく必要があると思っています。

    ーー最後に、こうした前例のない挑戦を通じて、これからの日本のクリエイティブ業界の未来をどのように見据えているのか、お聞かせください。

    伊部:『HIDARI』の挑戦を通して私たちが示したいのは、既存の枠組みにとらわれない新しいファイナンスの仕組みが、実際のプロジェクトでしっかりと機能し得るということです。私たちが前例のないスキームを成功させ、それを再現性のあるモデルとして提示していくことで、海外進出を目指すクリエイターや制作会社にとっての選択肢を増やしていきたいですね。

    松本:「アニメは注目されても、オリジナル作品は難しいものだ」とか「海外とのビジネスは厳しい道のりだよ」とか悲観的になったり、クールぶって諦めるのではなく、”いい大人”がしっかりと打席に立ち、リスクを取って一生懸命、新しい戦い方に挑む姿を見せたいです。

    『HIDARI』が成功することで、後に続く若いスタジオやクリエイターたちに「海外へ出て、自分たちの権利を守りながら世界で勝負する道はちゃんとあるんだ」という希望や選択肢を示せたら嬉しいですね。停滞しがちな業界の未来を切り拓く、最初の突破口になると信じて、めちゃくちゃ頑張るつもりです。

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